重要文化財、旧高橋家の住宅(埼玉県朝霞市)に行ってみた

V10戦士

旧高橋家住宅ってどんな場所?

入場料、開園時間、どこにあるの?

などの情報を、管理人が実際に訪問した際の写真とともに紹介します

 

旧高橋家の住宅への行き方、自転車がおススメ!

朝霞駅 南口

 

朝霞駅に着いたら南口へ、交差点を渡った所にある松屋の前にレンタル自転車(ダイチャリ)があるので、はやく到着したい方は自転車の利用をおススメします

歩いて行くと旧高橋家まで約30分くらいかかります(けっこう遠い…)

旧高橋家住宅の手前にある根岸台市民センターにステーション(自転車の返却口)があるので、そこで自転車の返却ができます

帰りも利用しやすいので便利ですね

※朝霞駅東口にもレンタル自転車があるみたいなので、東口から行った方が5分ほど早く到着できそうです

 

ダイチャリ

レンタル料金
15分 70円
30分 140円
(15分ごと) 70円
1日 最大1000円

 

 

 

旧高橋家住宅

 

住所 〒351-0005 朝霞市根岸台2-15-10
入場料 無料
開園時間 9時30分~16時30分
休園日 月曜日(休日に当たるときは、開園)

休日の翌日(土・日曜日・休日に当たるときは、開園)

年末年始(12月27日~1月4日)

 

地図

 

 

駐車場

駐車場 4台 駐輪場あり

※満車の場合は、隣の根岸台市民センターの駐車場をご利用いただけます。

 

※旧高橋家の入口のすぐ右に駐車場があります、車は4台まで可、自転車も停められます

 

 

 

旧高橋家住宅(主屋)

国指定重要文化財建造物

指定年月日 平成13年11月14日

旧高橋家住宅は、ザシキ・ヘヤ・デイ・オクノヘヤの4室および土間で構成された農家建築です。土壁で囲まれた閉鎖的な構造で、正面にシシ窓、 内部に押板があるなど、17世紀頃の農家建築の特徴を持っていますが、建築年代は18世紀前期頃と推定されています。 高橋家は、江戸時代は台村に属する一般的な農家でした。 このような一般的な農家建築が残されているのは、全国的にも貴重な例です。 旧高橋家住宅は、 畑、雑木林などの周囲の環境が良好に残されており、武蔵野台地の農家の風景をよく伝えているところから、建造物とともに敷地についても重要文化財に指定されています。

 

敷地に入って左側に建っているのが旧高橋家住宅の主屋、歴史ある建物を見てタイムスリップしたような気分になりましたね

 

家の中に入ると、釜戸や囲炉裏など歴史を感じる道具が残されていました

 

 

親切な管理人さんに「火を炊くところをとりますか?」と声をかけてもらったので、お言葉に甘えてわざわざ火を炊いてもらいました

ありがとうございました

 

 

外の気温の暑さと火の暑さで凄い汗をかきました(笑)

定期的に火を起こして湯を沸かすそうです、水蒸気が屋根に登ることにより、虫が寄り付かなくなるそうです

害虫対策をしないと、10年もしない内に屋根が駄目になるとのこと

 

 

井戸小屋

井戸では、生活用水をくみ上げていました。 この井戸は枯れたことがなかったと伝えられています。

この井戸のほかに、 主屋裏の崖下は湧き水があったと伝えられており、 水には比較的恵まれていたようです。

井戸小屋は、倉と同じ瓦を使用していたことから、倉を建てた昭和22年以前の建築と推定されています

 

現在は故障中みたいです、最近は田舎に行かないと井戸なんて見れませんよね

 

 

室(ムロ)

収穫した野菜などを貯蔵するための施設です。朝霞市や近隣地域では、主にサツマイモを保存するのに使用していました。

地表から人が通れる程度の縦穴をまっすぐに堀り、ある程度の深さで横穴を掘って貯蔵用の空間とします。旧高橋家住宅には2か所のムロがありますが、内部が崩落する危険があることから、砂を充てんして保存しています。

 

旧高橋家住宅に入ると左側に室があります

初見だと、何に使うのか想像もつきませんね

自分は少し変わった祠かと思いました(笑)

 

 

ふだんはあまり使わない大事な道具などを保管していた建物です。高橋家では、人が大勢集まる時に使う相模や揃いの火鉢などを収結していました残っていた棟札と幣串に描かれている内容から、昭 和22年3月に建てられたことがわかっています。この倉が建てられる以前にも、この場所に土蔵があったと伝えられていますが、規模・構造など詳しいことはわかっていません。

 

 

木小屋

燃料となる枝や薪などを保管していた建物です。 簡素な造りであり、修理前にはその形がほとんど失われていたため、残っていた部材などをもとに復原しました。この建物は「東の木小屋」と呼ばれていました。以前は主屋の西側にも木小屋があり「西の木小屋」と呼ばれていましたが、昭和40年代に取り壊され、現在では礎石が残っているだけです。

 

 

祠(水神)

水神がまつられていた祠です。

旧高橋家住宅は、谷津(ヤツ)と呼ばれる開析谷の一番奥に位置しており、以前はこの祠の下に湧き水があったと伝えられています。そのため、この場所に水神をまつったものと思われます。 水神をまつることには水難よけの意味もありますが農業には水が欠かせないことから、その守護を願うとともに、水の恵みへの感謝の気持ちがこめられていると考えられます。

 

現在は面影もありませんが昔は、この場所に湧き水があったそうです

 

ふれあい広場

旧高橋家の奥地には、自然溢れる広場と畑がありました

建造物だけでなく、雑木林、畑などの周囲の自然な環境も重要文化財に指定されているそうです

 

草木はもちろんのこと、昆虫や幼虫も捕獲を禁止されています

当時の環境をできる限り、残したいですね

 

 

広場と畑の間に、ベンチがありました

子供を広場で遊ばせて、親御さんはベンチで休憩するのも良いですね

 

 

 

畑は1番奥にあります、現在はさつまいも、里芋、じゃがいも、長ネギ、トマト、キュウリ、那須が栽培されていました

 

 

 

何故か「となりのトトロ」を思い出しました(笑)

カンタのおばあちゃんが耕していた畑みたいですね

 

まとめ

駅から少し離れた所にありましたが、貴重な体験をすることができました

普通の住宅地の中にあるとは、思えないような空間でどこか懐かしい気持ちになれます

存在する事が奇跡とも呼ばれている貴重な建造物なので、みなさんも機会があったら訪れてみてはどうでしょうか?

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